良寛和尚の漢詩

良寛和尚といえばだれでも知る禅僧の一人でしょう。村童とかくれんぼをしているうちに遊び疲れた
子供たちは鬼になっている和尚に告げずに家路に帰ってしまい、和尚はそれとも知らずいつまでも
鬼をしていた・・・とか。筍が庵の床板から伸びて出てきているのを見つけて、その成長を妨げない
ために、床に穴をあけたとか。純真無垢な清僧の逸話を思い出します。

新潟出雲崎の五合庵での隠遁生活をしていた良寛和尚ですが、禅僧として一流の人であったこと
もこの頃ではよく知られています。和歌や書道の達人であったばかりではなく、禅者として一流
の類まれな人でした。

禅師としての力量は実はその漢詩にあるのですが、漢詩と疎遠になってしまった現代人には
なかなかその漢詩に触れることは少ないようです。しかし、和歌とおなじように良寛和尚の漢詩

に接するのもいいものです。そこで、先日同様に「楠葉だより」に紹介されている良寛和尚の漢詩
をあげてみることにします。

  四月失明の節 飄々として衲衣を著く

  水に臨んで楊柳暗く 岸を隔てて桃李飛ぶ

  行き行きて野草を摘み 徐々に柴扉を叩く

  蜘蛛南園に舞ひ 茗花東籬を遶る

  意閑にして白日永く 池僻にして趣き自から奇なり

  我が性逸興多し 句を拾いて自から詩を成す

 失明~寝すごしてしまい夜が明けたことを忘れ朝寝坊したこと
 衲衣~破れた衣。転じて禅僧の身に着ける衣のことをいう

 


 厳格な修行道場生活とは異なる自適の生活を楽しむ和尚の姿が偲ばれます。

 いわきの禅僧として有名な原坦山老師は良寛の漢詩を読み「寒山詩」のような
趣きがあると評しています。この詩など意味を詮索しないでも何度も朗読している
と春の暖かな日和と行楽が浮かびますね。