冷暖自知の世界

禅というとこの言葉がよくでてきますね。冷暖とは冷たいとか暖かいということで、
自知(じち)とは実際に感覚で知覚するということ。

たとえば水について。水はH2Oで水素と酸素の化合物である。そういう科学的
な説明を聞いたところで、冷たいかあったかいかは自分の指で確かめたり、
飲んでみなくてはさっぱりわからないものです。

病気で風邪をひいたと、薬局でのお薬の説明をきかされますが、処方に従
がい食前・食後に実際に飲んでみなければ体に効果があるかどうかは
知ることができません。

おなじように禅の説明を聞いても、実際に指導者から坐ることを教えてもらって
はじめて坐禅の世界に触れたことになるのです。

経典の知識が増えたとしても、実際に信心を起してみなければ、その神髄を
掴むことは容易くないものです。これはなにも禅の世界に限ったことでは
ありませんが、「禅とは何ぞや」と言われたときに、説明されたことを理解した
 

だけでは、禅の本質を得たことにはならないですね。そんな時にこの「冷暖
自知」という禅語が使用されます。