風外の画業の優品は案外世間に知られてはいないと思う。禅僧の書画を扱うカタログなどを見ても
大抵は半切作がほとんどで全紙幅作品になると、そう多くはない。床の間に飾るのが主なので当然
ではある。しかし、今回の展示では六曲二双の屏風画が数点あった。そのほとんどは老師50代ま
での作品で占められている。老師は69歳で遷化されているので、晩年は老師の高徳を慕って参禅に
打ち込む雲水達への提唱が続いたからその余暇に描かれた作品は小ぶりなものになったものであろう。
それにしても、それだけの大きな作品を生むには画面の校正や集中する時間も十分必要であるから
出雲との深い絆があったればこそと感じる。
出雲での老師は画の上手な和尚さまであったようで、地元では親しみをこめて「風外さん」と呼ばれて
いたとか。七福神や十六羅漢や群仙図に描かれた人物や童子の表情はそれぞれが個性的に描かれて
いて、見てゐて飽きがこない。本格的な画をこれだけ残している禅僧は歴史上まれではないか、と思う。
老師の描いた虎は本人もしばしば画いたようで、けっこうな数が残っているようだ。生前猫をかわいがって
おられたので、その猫を観察しておられたからであろう。
今回の出雲訪問では松江城も見ることができた。朝7時ごろで人影もまばらな中駆け足でお城現物を
しただけであるが、この城の天守閣払い下げが明治八年にあったさい、解体されるるのを防いだ勝部
榮忠は老師にたいへんかわいがられた豪商であったようだ。その天守閣が今年国宝に認定された
ことも知った。老師の余徳が200年のちにまで及んでいるのだ。偉大な人物の感化力はじつに
すばらしい。本格作品の優品の数々を鑑賞することができ、余技でないプロ作家の面目を発揮した
老師の対策を知り得たのは幸いなことだった。