奕堂禅師の発心

今年の観桜茶会には奕堂禅師の書を選びました。宗門の重鎮ともいわれる
僧侶のなかでこのお方を知らない人はいないでしょう。

近代宗門屈指の名禅匠です。幕末から明治期の動乱を支えた禅僧ですし、わが
いわきが生んだ禅僧原坦山禅師も親しくおつきあいのあった先輩でもあります。

その奕堂和尚がまだ若干19歳のとき、尾張山崎で雲水を説得指導していた
道契和尚の薫陶をうけていたのですが、その老師から「禅僧として本物になろう
とするなら、あらかじめ誓いをたててから、修行に専念すべきである」と述べられ

みずから自戒三誓を建てられたのでした。

 第一  一朝分明不超断生死迅流則誓不休

     この生涯で大悟しなかったならば、誓って修行を休まない。

 第二  ニ六時中不佛祖不伝行履則誓不践

     一日二十四時間佛祖の生活だけを実行し誓ってそれ以外には
    関心をもたない。

第三  従劫至劫於違情順境第二念誓不生

    今生でどんなことに遭おうとも仏道修行以外の思ひは誓っておこさない。

この和尚の薫陶も熟すると、恩師の道契老師みずから「もう君はわたしの
ところでの修行は充分であるから、紹介する別の老師の門を叩きなさい。」

こうして、だんだんと力量の優れた禅匠の下で研鑽に励んだというのです。

こうした逸話を知ると、現代の大学生のたるんだ甘い考えとは雲泥の差が
ありますね。偉くなる人物は志が非常に高い。そんなことを教えられますね。